今年第4回を迎えるスポーツビジネスカンファレンス『HALF TIMEカンファレンス』がこの12月にオンラインで開催。新型コロナの影響でビジネス環境が大きく変わった世界のスポーツ界。その中で、これまで展開してきたアジア戦略がどのような展望を見せるか議論する場となったのが、最初のセッション「グローバルブランドのアジア事業戦略」だ。
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チームから大会主催者まで、異なる視点
会の幕明けともなる「グローバルブランドのアジア事業戦略」セッションには、仏リーグ・アンの強豪であり、グローバルブランドとしても人気の高いパリ・サン=ジェルマン(PSG)のブランド・ダイバーシフィケーション・ディレクター ファビアン・アレグレ氏、PGAツアー アジア太平洋社長のクリス・リー氏、そして来年ラグビー日本代表との対戦も決まっているイングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドの「オールスター」チームであるブリティッシュ&アイリッシュ ライオンズのマネージングディレクター ベン・カルバリー氏が登場。
イギリス、フランス、韓国と日本をつないだ本グローバル・セッションでは、世界を舞台に展開する各スポーツ団体がどのようにブランド成長とアジア展開を図っているのかを議論。モデレーターは。ファナティクス・ジャパン合同会社 マネージングディレクターの川名正憲氏が務めた。
そもそも今回の登壇者は、PSGというパリに軸足を置くクラブ、PGAツアーというゴルフツアーを運営する大会主催者、そしてライオンズという4年に一度結成され海外での試合を催行するチームと、それぞれの立場に特異性がある。
PSGは、全てはパリという本拠地の都市を起点に物事を考えていく。アレグレ氏が「パリという都市をユニークに見せる」というように、都市が持つ差別性をクラブのブランディングに活かしている。ジョーダンブランドとのコラボレーションは、その際たる例と言えるだろう。
一方でPGAツアーは世界各地で大会を行うことから、世界中にファンベースを持つ。これを支えてきたビジネスが、スポンサーシップ販売、メディア放映権、ライセンスビジネスだとリー氏はいう。事実、PGAツアーは昨年、米メディア大手のディスカバリー社と米国外での放映権を契約。一層各地域に合わせた視聴環境を提供することにも取り組む。
そして4年に一度チームが集まり、南半球のチーム(ニュージーランド、南アフリカ、オーストラリアなど)のホームで試合を行うなど、開催場所も様々なのがライオンズだ。4年に一度結成される「ホーム・ネイションズ」4ヵ国のオールスター集団は、その希少性から熱狂的なファンを抱えるが、「今後どのようにライト層へとリーチしていくか」が課題だとカルバリー氏は指摘した。
この立ち位置の違いが明確にされた上で、議論はブランドの成長、特にそれをもたらす「多様化」というコンセプトに入っていく。
ブランドを「多様化」させる取り組み
日本では東京・渋谷にもチーム公式ストアを展開するPSG。ライセンシングやECなどリテール全般の責任者であるアレグレ氏は、パリ唯一のサッカークラブというアイデンティティを活かすだけでなく、ファッションやアートとのコラボで「サッカー以上」になることをクラブは目指すと言い切った。
これには、2011年にクラブの株主がカタール投資庁の子会社であるカタール・スポーツ・インベストメント(QSI)へと変わったことが背景にある。「より長期的な戦略を描いてブランド作りを行うようになった」と、前株主時代も知るアレグレ氏はいう。
そのPSGは、2013年に欧州ビッグクラブとして初めてeスポーツに参入。マーケティング手段の一つとして捉えるのではなく、ゲーム業界の一員となるため、チーム作りから本腰で取り組んだ。これからのサッカークラブとして、過去の考えから脱却して、次世代のファンとのコミュニケーションを繰り広げる。
日本にもオフィスを持つPGAツアーは、ストア展開でブランドのタッチポイントを増やす。すでに韓国では50店舗以上が展開され、ブランドの露出を拡大させつつ、ファンとの接点作りを行っている。
ライオンズは4年に一度チームが結成され、また開催場所や対戦相手も時々という特性上、その希少価値がブランドの価値の基礎になっている。とはいえ、「私たちはラグビーをプレーするだけではいけない」とカルバリー氏がいう通り、放送局やスポンサーなどの様々なパートナーがライオンズと様々な面で協働できることがブランドを大きくする点についても触れられ、日本との対戦や南アフリカへの遠征を予定する今年はさらなる展開を予感させた。
アジア、そして日本という新たな市場
三者が証言する通り、コラボレーションを積極的に行う姿勢こそが新たな市場で展開していくためには必要なマインドであり、各国ファンのエンゲージメントのカギなのかもしれない。
PSGは世界初となるPSGブランドのカフェも渋谷パルコに展開するなど、欧州から見た「極東」の日本でもタッチポイントを増やし続けている。新たな市場や分野を展開していく際、PSGは「何事も深く入り込むこと」を行ってきたとアレグレ氏はいう。最初は賛否両論あったeスポーツ参入も、チームを一から組成して参画したことで、ゲーム人口の多い中国でのクラブの存在感が高まった例もある。
ローカライズしていくためには、各国で同じビジョンを持つパートナーと巡り合うことも重要だ。PGAツアーは2019年、株式会社ZOZOとパートナーシップを組んで、日本での大会初開催を実現。文化の違いを乗り越える難しさはあるが、同じビジョンを持ち共に成功を目指す同志が現地に存在するのは大きな利点になる。
「初の試み」はライオンズでも同様だ。2021年6月、同チームは130年以上の歴史の中で初めてラグビー日本代表と対戦する。ライオンズの対戦相手は短期・長期のビジョンに基づいて選出されるとカルバリー氏は説明し、短期的な目標としては世界一のチームに勝つこと、即ちラグビーW杯2019で優勝した南アフリカに勝つことを第一に掲げるが、長期的にはファンを増やすことを挙げる。
新たなファン層を取り組むためには、近年戦力のレベルアップを続け、昨年のラグビーW杯で商業的な成功も収めた日本は、格好の対戦相手だったというわけだ。試合興行をする限り「(投資に対する)リターンを最適化」することは無視できないが、あくまでラグビー人気をグローバルで高めるという長期ビジョンに基づいている。
前述の通り、ファン層の拡大やタッチポイントを増やすため、「365日存在感を出す」ことを目指すとカルバリー氏は話し、今後ライオンズの女子チームの創設も案として挙がっていると明かした。既に女子チームを対象としたラグビーW杯が1991年から存在し、来年2021年にはニュージーランドで開催されるが、足並みが揃う形になるかもしれない。
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グローバルブランドがそれぞれの形でアジア戦略を押し進めるが、スポーツが国と国、街と街、そして人と人の架け橋となることには変わりない。移動が難しくなったwithコロナ時代ではさらなる工夫が求められ、ファンづくりは新たな局面を迎えることになる。