清水エスパルス、湘南ベルマーレ、琉球アスティーダ経営者が語る「プロスポーツクラブの価値」

『HALF TIMEカンファレンス2020 Vol.4』が、2020年12月にオンラインで開催。「プロスポーツクラブの価値」をテーマとしたセッションでは、清水エスパルス、湘南ベルマーレ、琉球アスティーダといった、Jリーグ・Tリーグのクラブ経営者が集結。銀行やプロ野球など異業界・別競技を経た視点や、長年1クラブで経営に携わった経験、そしてスポーツ以外に収益の柱を置く斬新な発想が融合し、熱く盛り上がる建設的な議論が展開された。

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Jリーグ、Tリーグのクラブ経営者が集結

株式会社湘南ベルマーレ 代表取締役社長 水谷尚人氏

今年4回目となる『HALF TIMEカンファレンス』、2つ目のセッション「プロスポーツクラブの価値」では、モデレーターの川名正憲氏(ファナティクス・ジャパン合同会社 マネジングディレクター)から提案された議論のトピックは2つ。「プロスポーツクラブの価値とは」、そして「コロナ禍も踏まえ、具体的にさらに価値を大きくするには」だった。

プロスポーツクラブの価値について、最初に答えたのは水谷尚人氏(株式会社湘南ベルマーレ 代表取締役社長)。大学卒業後リクルートに入社したが、自身がサッカーをプレーしていたこともあり、Jリーグ発足直前の日本サッカー協会(JFA)に転職。当時10人程度の協会に飛び込み2002年ワールドカップの組織委員会にも出向し、スポーツビジネス分野で多くの経験を積んだ。そして湘南ベルマーレに入り約20年間1つのクラブで働き続け、降格や昇格、ルヴァンカップ優勝など、Jクラブとしての酸いも甘いも経験している。

水谷氏は「湘南は総合型クラブとして、子どもから大人までスポーツに触れられます。ビーチバレーチームも持っていて自分も以前大会に出ましたが、中学生に負けたりする(笑)。こういった交流を通して、ベルマーレに触れた人が明るく笑顔になってくれるのが僕らの存在の価値なのかな」と語る。1999年にチーム発足の母体にもなったフジタが経営から撤退し、クラブは存続の危機に立たされた。その時に市民が身銭を切ってクラブを支え、今も市民とともに存在している。

その歴史だけでも十分価値があるように見えるが、そうではないと続ける。

「やはり地域の人に『上』を目指す姿勢を見せないといけない。長くJ2で戦っている間、みなさんに共感してもらえるようなサッカーのスタイルを作っていこうと考えました。それが湘南スタイルです。常に攻撃的で、走る意欲に満ち溢れた痛快なサッカーをしようと。これを内部だけでなく外部にも話をして、『見に来て感じて欲しい』と言い続けています。当然勝利を目指しますが、たとえ勝てなくても常にこういう姿勢を見せることで、地域に元気を与えられたらと思っています」

プレースタイルからのブランディングを成功させた数少ないクラブがベルマーレだ。それが地域の人や子どもたちにも受け入れられて、それがまたクラブの活力となり、今に至っている。

Tリーグで「異色」のアスティーダ

琉球アスティーダ スポーツクラブ株式会社 代表取締役 早川周作氏

まったく違う観点からクラブの価値を話したのが、異色の経歴を持つ早川周作氏(琉球アスティーダ スポーツクラブ株式会社 代表取締役)。19歳の時に父が事業に失敗して蒸発するという苦境から、新聞配達をしながら夜間の大学に行き、在学中に会社を設立して成功した「叩き上げ」。この経験から社会的弱者や苦しんでいる人への支援拡充のために政治の道を志し、その後約80社の企業へのアドバイザーをしながら大学でも教鞭を執り、現在は前Tリーグチェアマンの松下浩二氏に請われて現職に就いた。

門外漢としてプロスポーツビジネスの世界に入った早川氏は「スポーツ業界に入ったらこれまた面白い。既得権益と業界の皆さんとしかつながっていない」とバッサリ。そしてスポーツ業界には大きく3点課題があると問題提起した。

「1点目はガバナンスが利いていないクラブ運営会社が多いこと。経理と財務が一緒だったり、監査法人や証券会社もついていない。ガバナンスが利いていない会社には、スポンサーはお金を出しません。2点目はディスクロージャーがされていないこと。我々は四半期や月次のデータも全部開示をしています。明確な情報開示が必要だと思っていますので。3点目は1社も上場していないこと。すなわち、市場からプライシング(=評価)を受けている会社がないんです」

普通のビジネスの世界では当然あるものが、プロスポーツビジネスの世界にはない。それこそが日本のプロスポーツクラブの発展を妨げていると示唆した。

そして早川氏は「この3点を打開した上でスポーツにお金の循環を作り、スポンサーやチケット収入に頼らない仕組みを作らないといけない。だから我々はBtoC、BtoBのマーケティング会社として、IPO(上場による新規株式公開)をしようと進めています」と大胆な構想を明かした。

スポーツを財源の主柱にするのではなく、スポーツをハブにしたビジネスでクラブを安定させていく。実際、琉球アスティーダは卓球バルや卓球場、鍼灸院、パーソナルジムなどを幅広く経営している。

「様々な事業体において、スポーツを基軸にして集客してスポンサーの皆さんに貢献する。マーケティング支援の側面です。スポーツを通じてどうマーケティングができるのか、スポーツと他の掛け合わせをどう最大化できるのかを真剣に考えて、事業を拡大しています」

スポーツを軸に、ビジネスを広げていく

株式会社エスパルス 代表取締役社長 山室晋也氏

早川氏はさらに、「ベルマーレさんやエスパルスさんとも何か一緒にやりたい。サッカーバルでも健康施設でも。色々なスポーツクラブの運営会社が手を取り合うことで、新しい収入の仕組みを作れるのではないかと思っています」と同席した社長たちに掛け合った。

これに前出の水谷氏、そして「リアル半沢直樹」とも評される山室晋也氏(株式会社エスパルス 代表取締役社長)は即座に反応。山室氏はみずほ銀行で約30年のキャリアを積んだ後、千葉ロッテマリーンズの社長に転身。球団創設以来初の黒字化を成し遂げると、今年から現職に就任した異色のプロ経営者だ。

山室氏は「是非やりたいです。スポーツを軸にビジネスを拡大していく。ボストンレッドソックスの親会社であるフェンウェイ・スポーツ・グループが野球だけでなくサッカーやレストランや色々なことをやっていますが、そういった方向性だと思います。日本のスポーツはスポンサー頼りになっている。特にプロ野球は企業の広告塔になっていますが、自立して経営していくのが本来あるべき姿だと思いますね」と、自身の経験をもとにうなずいた。

プロ野球、Jリーグと日本の2大プロスポーツの社長という稀有なキャリアを積む同氏は、どのスポーツであれ競技を続けるだけではなく、きちんと収益化させることの重要性を説いた。

「スポーツの持つ基本的な価値は、夢と感動を共有するということです。これをいかにコンテンツ化してビジネスにしていくかが大事。応援する人たちが何を求めているかを理解し、それをきちんと提供し続けることで、結果的には持続可能なクラブになっていくのかなと。ファンやサポーターをがっちり抑えていけば、パートナーもついてきてくれますから」

クラブの価値をさらに大きくするために

モデレーターを務めたファナティクス・ジャパン合同会社 マネージングディレクター 川名正憲氏

ここで議題は2つ目に移る。コロナ禍の中、プロスポーツクラブの価値をさらに大きくするには、そして実際にしていることはというテーマで、さらに3者のトークは熱を帯びた。

具体策をまず答えたのは早川氏。行政にも働きかけて、子ども向けに沖縄県にある複数の地元スポーツチームの観戦ができる共通パスポートを提案しているという。JリーグやBリーグ、そしてTリーグやハンドボールを巻き込んだもので、例えば応援するTリーグの試合のない日は、その日開催されるJリーグの試合を見に行くことができるものだ。

早川氏は「競技の枠を超えた形で地域連携をはかって、色々な取り組みをしていく。それが教育、地域の子どもたちにプラスの影響与えると考えています。これからは、戦う時代ではなく共に生きる時代。僕は(各スポーツが)しっかりと手を取り合って、地域にとって重要なことをすべきと考えています」と話した。

続いて山室氏は、エスパルスで取り組む2点について語った。1つ目は本拠地のIAIスタジアムの指定管理者となる動きだ。現在は試合の度にスタジアムを借りる形になっているが、指定管理者になればスタジアムの装飾や観戦環境の改善などでも自由度が増す。また興行もサッカーだけに限られない。

「自主事業としてコンサートだったり地域イベントだったり、スポーツに限らず収益を拡大できる。サッカーのホームゲームは365日分の20ですから、限界がある」

2つ目は、スポーツ・マーチャンダイジングのグローバル大手ファナティクスとの契約で促進が期待される、スタジアムの感動をそのまま購買体験につなげる取り組みだ。山室氏は次のように説明する。

「ものすごく感動したり、喜んだり、その酔いがさめないうちにグッズが手に入る『ホットマーケット』が、大きなビジネスチャンスになる。従来のスポーツECだと1週間しないと届かないものが、翌日に届く。こういった購買体験を伸ばす余地はまだまだあります」

ファナティクス・ジャパンの川名氏も、「優勝や移籍という『選手に共感した瞬間』に、商品が販売されているということは非常に重要です。アメリカでは、48時間以内の売上が(その商品の売上合計の)6、7割を占めるほどになっています」と、ホットマーケットの重要性を語り、日本のプロスポーツ界ではこの分野で大きな伸びしろがあることを示唆した。

コロナでの中断明け、涙を見せたファン

最後に、新型コロナという未曽有の問題に対して、水谷氏はプロスポーツビジネス界にいるからこその想いを語った。

「(スタジアムへの入場者制限の緩和で)やっと半分くらいお客さんが来られる状態になった時に、泣いているお客さんがいたのが印象的でした。スポーツでは、汗だくの男と男が抱きあったり、知らない人とハイタッチをしたり、町中の日常では考えられないようなことが見られます。もちろん、スポーツの空間は人と人が密になり、新しい生活様式になる中で、来年はもっと大変になるかもしれませんが、この価値は新しい社会になっても持ち続けるべきだと思います。スタジアムがコミュニティの場になれたらと思います」

水谷氏が感染防止策などを万全にしたうえで、今まであるスポーツ観戦の良さを大事にしたい考えをこう明かすと、川名氏も「オフラインで共感するという価値がコロナ禍を経て相対的に上がるというのも十分あり得る。ECも大事ですが、球場・スタジアムでの体験はより重要になっていくと思いますね」と共感した。

新型コロナは世界中に大きな影響を与え、当然それは日本、そしてプロスポーツビジネスの世界でも大きな変化と打撃になった。だが百戦錬磨の経営者たちは、その中でも次を見据えて動き続けていることを語ると、それに触発されて視聴者からも活発に質問が出てきた。

「日本の人口減少時代に国内外にスポーツクラブの価値をどう広げるか」という質問には、早川氏は沖縄という地の利も活かして積極的に海外選手を獲得し海外市場を開拓する事例を紹介したり、山室氏がエスパルスでタイ人選手を抱える意味に言及するなど、様々なスポーツに通ずる秀逸な知識や考え方を披露し、最後まで熱量が落ちないままセッションは終了した。

次回は最後のセッションとなる、野球、サッカー、ラグビーの元プロ選手が意見を交えた「アスリートのセカンドキャリア」について詳報する。

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